耳鼻咽喉科 学園の森クリニック
急速に開発が進むつくば市研究学園・学園の森にオープンした耳鼻咽喉科のクリニックです。
敷地は、区画整理された地区の北端を走る県道24号線沿いにあるのですが、計画が決まったときには、まわりには本当に何もなく、地平線まで続くと思われるほどの広大な野原が広がるばかりでした。
近隣にスーパーやホームセンターが建つ計画はすでに決まっていましたが、どんな建物がどんなふうに建つのかまったくわからないなかで計画を進めるという難しさがありました。
クリニックの敷地は広く、駐車スペースをたくさん取れることも患者様へのアピールポイントとなるため、道から建物を下げて駐車場の広さをアピールするか、それとも道沿いに建物を建てて建物自体を目立たせるのがよいか、敷地に模型を持ち込みながら検討を続けました。
結果的には視認性を重視し、建物を道路側に寄せた位置に配置することに決めました。
周囲にまったく何もない状況で、どのようなイメージの建物にするかを考えるのもとても難しい作業でしたが、佐藤とともに描いたイメージは、「白い存在感を放つ建物」でした。
白い立方体がぽわんと浮いているような、軽快で清潔感のある建物が、新しいまちのクリニックの外観にふさわしいと考え計画を進めました。
施主ご夫婦はお2人ともお医者さまで、ご主人で院長のN先生が耳鼻咽喉科、奥さまが皮膚科の専門医です。
新築するクリニックでは、ご主人の耳鼻咽喉科の診療がメインになり、奥さまの皮膚科も週に数回診療を行うことになります。
建物内部のおもな機能は、受診者の方が座って待つ「待ち合いスペース」と診療を受ける「診療スペース」に分けられます。
患者様が中の気配を感じながら安心してクリニックへ入れるように「待ち合いスペース」を建物の北側に配することにしました。
「北側では暗くなってしまうのでは…」と思われる方も多いと思いますが(実際、関わっていただいた医療コンサルタントの方にも最初は首をかしげていました)、むしろ北側に配置することでつねに安定した穏やかな光が室内に入ることになり、落ち着いた空間を創出することができるのです。
天井まである大きな窓を建て付け、強い光を遮る必要がないためカーテンなどをつける必要もなくなり、柔らかな日差しがふんだんにふり注ぐとても気持ちのよい空間となりました。
家具はキッズコーナーも含めて明るい色合いで揃え、4つの診療室のドアにもそれぞれ異なる優しい色──グリーン、ブルー、イエロー、ピンクのラインを入れ、待ち時間を少しでも快適に過ごしていただけるようにしています。
なお、診療室のドアのラインには、ドアに付けた数字を補強する機能も持たせています。
たとえば、「1番・グリーンの診療室にお入りください」のように案内することで、受診者は数字だけで呼ばれるときよりもさらに迷わずに、自分が入るべき診療室を判断するこができます。
受診者の方用の洗面所やトイレ関連も充実させています。
まず入り口を入ってすぐのところに、手を洗うための洗面を用意しました。
そしてトイレは、女性用・男性用・ファミリー用の3つを用意。
3つのトイレはすべて雰囲気を変えていて、ひとつは、クールな雰囲気、もうひとつは「明るい木目調」でやわらかに、そして3つ目は「薄いゴールドのすかし花柄」で上品なホテルライクに仕上げました。
また、廊下奥の比較的見えにくいところに「パウダールーム」として、女性がお化粧を整えたり、顔の汚れを落としたりできるスペースも備えています。
加えて、トイレの向かいには「ベビーコーナー」も設置しました。ベビーシートは女性トイレ内に設置されているところも多いと思いますが、そうするとお父さんが利用できないため(つくばではお父さんが子どもを連れて外出することも多いそうです)、女性トイレのなかではなくトイレの外に設けました。
一方の「診療スペース」は、建物の南側に配置しました。
診察室、検査室、点滴室ともに、ブルーを基調にまとめています。
先生の診療エリアは「海のイメージ」でとのご希望もあり、この色を選択しました。
というのも、ブルーという色には、時間の経過を早く感じさせる効果があるそうで、耳鼻咽喉科の診療を少しでも短く感じてもらいたい、という先生のお話を聞き、海の中にいるような気分になれる、心が落ち着く空間づくりを心がけました。
この部屋のイメージが奏功して、診察室での時間を少しでも心地よく、穏やかに感じてもらうことができたら、設計者としてこんなに嬉しいことはありません。
また、先生の上方には音を反射させる素材を、そして、診察台から待ち合い側には音を吸い込む素材を使用し、先生の声が受診者の方に届きやすく、待ち合いには漏れにくいような工夫をしました。
これはよく学校などでも用いる方法ですが、耳鼻咽喉科にはご高齢の患者さまも多く、先生が大きめな声を出し続けていつも喉が枯れているご様子であることに気づき、採用したものです。
先生ご夫妻はたいへん勉強熱心な方々で、おふたりとも診療でたいへんお忙しいなか、疑問点や提案ななどを記したメールをたびたび送ってくださり、メールのやりとりの中でも多くのことをアドバイスいただきました。
着工後も毎週現場にも来ていただき、朝からお昼も食べないで打ち合わせに付きあってくださったことも一度や二度ではなかったので、私も現場サイドもご夫妻のご要望にできる限りお応えしたいと思い、力を尽くしました。
まもなく完成して1年になりますが、幸いお2人にはとても気に入っていただいている様子で、しかも、クリニック自体も大盛況で、広い駐車場がいつも満杯状態。
予定していた何千枚の診察券もあっという間にはけてしまうほどの人気だそうで、受診者の皆さまにもきっと快適な時間を過ごしていただけるのだろうと安堵しているところです。
そうそう、クリニックの外壁に描かれた大きなひまわりのシンボルマークについてお話しするのを忘れていました。
これは、建物の計画の途中で先生方がお決めになったマークなのですが、見たとたんに「これはまさに奥さまの優しい笑顔そのもの!」という印象を抱き、思いきって外壁に大きくマークをあしらう案をご提案しました。
ご夫妻もその案を気に入られ、クリニックの白い外壁に大きなひまわりが“咲く”ことになったというわけです。
野原が広がっていた県道24号線沿いは、今や大小の建物で埋め尽くされたいへん賑やかに変わりましたが、クリニックの白い建物とそこに描かれた大きな笑顔のひまわりは、いつも軽やかな存在感で通る人の目を引きつけています。